「Zらしさ」の本質 #5

粘土にZの魂を吹き込んだクレイモデラー

2021/11/05
  • クルマ・技術
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日産のデザイン部門で、わずか数名のクレイモデラーだけに与えられている「マイスター」の称号。柚木 春生は、その称号を手にするクレイモデラーです。かつて、ミケランジェロは「どんな石の塊も内部に彫像を秘めている。それを発見するのが彫刻家の仕事だ。」と語りました。そして、柚木もクレイ(粘土)の塊の中に、私たちを虜にしてやまないクルマの形を見出してきたのです。

柚木がクレイモデラーとしての道を歩み始めたきっかけは、工業高校の卒業時にありました。元々イラストレーターを目指していた柚木。しかし、進路指導の先生から、日産自動車のクレイモデル部門が求人を出していると聞き、彼の運命は大きく変わりました。1978年に日産へ入社。それ以来、セダンからミニバンまで、約60車種のクレイモデルを制作してきました。そんな柚木が手がけた最新の車種が、新型「フェアレディZ」です。

(後列・真ん中)80年代に柚木が担当したプロジェクトの様子

クレイモデラーの仕事は、発売前のクルマのデザインを扱うため、一般の人の目に触れることがほとんどありません。しかし、クルマのデザインを決定づける重要な役割を担っています。

柚木の仕事は、2次元のイメージを3次元に再現し、形やプロポーションを追求しながら、丹念にクレイモデルをつくり上げていくこと。3Dモデリングソフトなどの最新の技術を駆使すれば、同じことができるのではと思う人もいるかもしれません。しかし、同じにはならないと柚木は言います。

「確かに私たちも、3Dの立体を作成するためにソフトウェアを使用しています。しかし、クレイモデラーがデザインに与える人間的なニュアンスや味は、ソフトウェアでは出すことができません。コンピューターを使えば、バーチャル空間でドアミラーやモールを付けたり、外板の色を変えたり、街中を走らせてみたりできますし、便利な部分も多くあります。しかし、デザインに微妙なアクセントをつけ加えるのは、決して簡単なことではありません。モニターでの見え方と実際の見え方は大きく異なりますし、特に外光での見え方がもっとも大事だと思っています。2次元のパースを自分なりに解釈して再構築し、3次元に再現するのがクレイモデラーの仕事なのです」と説明します。

柚木は、モデリングソフトだけでは、イメージスケッチが実物大の形に起こされたときに、感情に訴えかけるような魅力や深みを出すことが難しいとも考えています。

「私は、デザインは手で触れてこそ、生きてくるものだと考えています。これまで何十台ものクルマのデザインに携わってきましたが、2次元のデザインが持つエモーショナルなニュアンスを、コンピューターが完全に理解し、再現したケースは見たことがありません。お客さまが『このデザインのここが好き』とおっしゃってくれる部分には、クレイモデラーが、クルマの形やプロポーションの中に『味』を見出した箇所でもあると思っています。それは、コンピューターだけではできません。だからこそ、やりがいがあるのです。新型『フェアレディZ』も、もしコンピューターやソフトウェアだけに頼っていたら、最終的にこのような外観は実現できなかったと思います」

日産では、アイデアスケッチを具現化するまでに、さまざまプロセスが踏まれます。通常、新しいクルマのデザインを決める際は、まずグローバルでコンペが行われ、各国のデザインチームが応募します。その後、多くの選考プロセスと小さいスケールの3Dモデルの制作を経て、最終的に柚木をはじめとするクレイモデラーのチームが、実物大のクレイモデルをつくることになります。

「実物大のモデルをつくるために、最初は1/4スケールのクレイモデルをつくります。そして、それをスキャンし、デジタルデータを使って4倍の大きさにします。その後、粘土を使って、実物大のクレイモデルを形成するのです。まず、オーブンで加熱し、柔らかくなった粘土を手で盛り付けていきます。粘土が冷めて固まり始めたら、工具を使って削ったり盛ったりして仕上げていきます。」と柚木は説明します。

「新型『フェアレディZ』の実物大クレイモデルは、約2、3週間をかけて完成しました。このクレイモデルは、アルミのフレームや車軸も付いているので、ホイールやタイヤを取り付けることもできます。完成したクレイモデルの総重量は約1.6トンでした。実際のクルマよりも少し重かったですね。」

イメージスケッチをもとにクレイモデルをつくるという作業に、いつも決まった方法があるわけではありません。

「クルマのイメージスケッチは、あくまで一つのアイデアに過ぎないので 実物大のクレイモデルにしていく際には、多くの試行錯誤を重ねます。また、中間レビューの結果や生産要件にも影響を受けながら、その仕上がりはどんどん変化していきます。」

「フェアレディZ」への関心は非常に高く、少人数の柚木のチームが働くスタジオには、多くの役員やエンジニアが訪れました。そして、興奮した彼らから、次々と感想や意見が寄せられました。

「ありがたいことに多くのご意見をいただいきました(笑)。おかげで迷うこともありましたが、選ばれた『フェアレディZ』のデザイン案はとても評判がよく、そのデザインを形にすることに集中することができました。そこから最終的な形になるまでは極めてスムーズで、みなさんに満足してもらえたと思います。」

スポーツカーの象徴である新型「フェアレディZ」。だからこそ、なにより特別なものにしたいと考えていた柚木。「『Z』のクレイモデルは本当に魂を込めてつくりました。チームで何度もデザインを練り直し、完璧なものを目指したんです。リアフェンダーやボンネットの形など、クルマのさまざまな箇所から人間らしい『味』、Zらしい『味』が感じられるよう、面表現にもこだわりました。本当に、あらゆるところにこだわりましたね。」

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