100年に一度の変革期と言われる自動車業界。お客さまや社会のニーズは、ますます多様化し、日々めまぐるしく変化しています。そんな2023年に、日産は創業90周年を迎えます。今回は私たちが培ってきた経験や歴史を大切にしながら、現代のテクノロジー「AI」を活用してクルマの研究開発を行っている日産横浜ラボをご紹介します。
横浜ラボとは?
AIをいかにクルマづくりに役立てるかを考える研究所。それが日産横浜ラボです。
ビックデータを基本とする現代のAIは、サイバー空間で分析し、表現するのにとても優れています。一方で、私たちの商品であるクルマは、現実世界に存在しています。AIで得た結果をサイバー空間だけに留めることなく、現実世界で活用できるようにすること。それが横浜ラボに与えられた使命です。
AIでクルマづくりが変わる?
AIは研究開発や車両生産、さらにはクルマのデザインまで、さまざまな領域で活用できることが分かってきました。データサイエンティストが集まる横浜ラボでは、AIを駆使してエンジニアやデザイナーのチャレンジをサポートできないかと日々さまざまなアイデアを検討しています。その一例として、計算時間を大幅に短縮することに成功した、エアロダイナミクス(空力性能)の予測モデルについてご紹介しましょう。
エアロダイナミクスとは?
簡単に言うと、走行時にクルマが空気から受ける力のことです。みなさんも、自転車を漕いでいるときに向かい風が強くて、なかなか進まなかったという経験はありませんか?
クルマが正面から受ける空気の力を「空気抵抗」と呼んでいます。空気抵抗は空力性能の一部であり、燃費や乗り心地にも大きく影響するクルマにとって重要な指標です。
現在、空気抵抗を含む空力性能は、強力な計算能力を持つコンピュータで繰り返し複雑な計算を行い、性能指標を予測し、空気の流れを可視化することで評価しています。クルマづくりにおけるシミュレーション技術の一つです。
シミュレーションで、より精度の高い結果を導き出すためには、膨大な量の緻密な計算が必要です。この計算を行うには、数百台のコンピューターを何日も稼働させなくてはならず、結果が出るまでに数日かかってしまう場合もあります。
そのため、「ここのデザインを少し変えてみたいので空力への影響を確認して欲しい、というようなデザイナーの要望に、即座に応えるのは難しいのが現状です」と空力CAE*エンジニアの赤坂は語ります。
- Computer Aided Engineering:コンピューターシミュレーションを使った設計支援技術
AIで解決できませんか?
赤坂は横浜ラボに相談を持ち掛けました。「この課題、AIで解決できませんか?」
そこで、AI深層学習を用いて、クルマの周りの空気抵抗係数を短時間で推定する予測モデルを開発する共同プロジェクトがスタートしました。
しかし、すぐに課題にぶつかりました。深層学習によってAIモデルを学習させるには、何千万という大量のデータが必要です。しかし、古いシミュレーションデータは消去されたものが多く、機械学習に適したデータはほとんど残っていなかったのです。
データサイエンティストの陳は語ります。
「この課題を解決するため、もう一度計算し直しました。同時にシミュレーションを行う際には機械学習用にデータを保存するというルールや、保存する際の要件も決めていきました。AIモデルに使用できるだけのデータを集めるのには、一年以上かかりましたね」
それでも、求める精度を実現するには、データの量は十分ではありませんでした。精度を上げるには別のアプローチも必要だったのです。
「データが増えれば、精度は向上します。一方で、データに対する依存性も増していきます。この課題をするため、流体力学の連続の式といったクルマの形状以外の情報と物理法則をペアで学習させるなど、赤坂さんと共に試行錯誤を繰り返しました」
数秒単位へと予測時間を短縮
この研究では、大量のデータを基にAIがクルマの形状と空力性能の関係を学習することで、シミュレーションの期間を劇的に短縮しました。新しいクルマの形状をデザインした際に、これまで数日かかっていた空力性能の予測が、わずか数秒でできるようになったのです。
この技術を使うことで、デザイナーやエンジニアは、より短いサイクルで新しいデザインを試すことができるようになります。そして、デザインと空力がより高次元でバランスされた革新的な車体形状が生まれることが期待されます。
横浜ラボでは日々、AIを使った様々なアイデアを検討しています。AIは、クルマつくりにますます活用されるようになり、データサイエンティストの活躍の場も、ますます広がっていくことでしょう。