猛獣使いと5000tプレス

「もうひとつの品質物語」猛獣使いと5000tプレス 3:10

ここ日産・追浜工場に棲む野獣は、クルマのボディを作り上げる力強くてとっても頼れるヤツ。その名も「5000tプレス」。追浜工場では、そんな獰猛な野獣たちを飼いならし、意のままに操る猛獣使いが大活躍。優美なボディラインを生み出している。

ガシャーン! ガシャーン! ガシャーン!
大きな物体がぶつかるような、つぶれるような音が、工場内に轟いている。この重厚かつ軽快なメロディーは、今日も野獣が、ボディ作りに精を出している証拠だ。野獣の正体は、金属をクルマのボディやパーツへと加工するプレスマシン。追浜工場には「5000tプレス」「3200tプレス」など、それぞれ能力と役割が異なるプレスマシンがある。数字が大きいほど力が強く、1度にプレスできる面積が大きくなる。

クルマのボディは、ロール状にした鉄板をプレスマシンで加工して作られる。「伸びやすい/伸びにくい」「固い/柔らかい」など、鉄板といってもその特性はそれぞれに違う。 作業員には、鉄板を一度プレスしたうえで、その特性を判断するスキルが求められる。

ところが、この野獣たち。放っておけば自動的にボディを作ってくれるほど生真面目ではない。野獣の能力を引き出し生産計画をこなすには、猛獣使いのごとくのマシンを使い分ける、作業員たちの力が必要だ。彼らはプレス工程のスペシャリスト。プレスマシンに金型を組み合わせ、マシンそれぞれの負荷を調整。全体の稼働率を高く保つことで、滞りなくボディを作り上げる体制を整える。生産する部品の大きさや点数を考慮し、生産計画を立て、野獣に「LEAFのサイドボディ製造」「Jukeのフロントパネル製造」といったプログラムを仕込むのが彼らの役割だ。どの型を使用し、野獣にどのくらいの力で、どのくらいの幅になるまでプレスしてもらうかを決定するのだ。
5000tプレスを担当しているのは21名の作業員たち。プレスマシンはそれぞれ使い方などが異なるため、マシンごとに担当者が分かれているのだ。プレスマシンや型に発生した問題を適切に見極め、1人で分析、対応できるようになるには、3年を要するという熟練の技である。野獣たちの能力を最大限に活用し、すべてのラインをバランス良く動かせるかどうかは、猛獣使いの腕にかかっている。

日産の追浜工場にあるプレスマシン「5000tプレス」は、ドアのアウターなどの大きなボディパーツを生産する機械。プレスマシンを操る約100人の作業員のうち、約30人が5000tプレスを担当。

プレス工程で最も重要なのは、パーツの品質を維持しつつ、生産ラインを安定させること。作業員たちは、野獣が品質の高いパーツを生産しているかどうかを見張っている。彼らは、OK品質とNG品質を判定した上で、プレスマシンを稼動させるという重大な任務を担っている。そのため、プレスしたパーツは、人間の視覚と触覚による品質チェックを実施している。プレス加工したパーツを、パレットに積み込む際にすべてチェック。また、生産1枚目、ラインの中間、最後の1枚と、パレットごとの抜き取りチェックも実施する。もちろん、そのなかに1つでも不具合があれば、ライン全てを改めて見直すのは言うまでもないだろう。

とはいえ、プレス加工で起こるミスは、あまりに小さなミクロン単位。品質チェックにもまた、スキルが求められる。驚くべきことに、数ミクロンの誤差を手と目で判定するこの品質チェックは、彼らにとっては基本スキルである。端から見れば「コンピューターを使って判定すればいいのでは?」と考えてしまうが、現時点では、コンピューターでは、人の判定力にはまるで及ばないとの事。ここにもまた、猛獣使いの力が欠かせない。

1度のプレスで、シート状の鉄板が立体的なボディパーツに早変わり。5000tプレスは、1分間に15回、1日約8000回ものプレス加工をこなす働き者。その精度を保つのが、設備保全メンバーの仕事。

力強さばかりが注目される5000tプレスではあるが、繊細な一面もある。それは、誤差わずか0.5ミリという高い精度だ。プレス加工は、ロール状にした鉄板を、立体的なボディ形状に加工するボディ作りの第一歩。5000tプレスが加工したパーツ1つ1つの精度の高さが、1台のクルマとして完成した際の品質に直結するため、その精度に妥協はない。5000tプレスは、精度を保ちながら1分間に15回、毎日約8000回ものプレス加工をこなす、なんとも働き者の野獣だ。
もちろん、この精度は、作業員たちが目を光らせているからこそ。メンバーの中には、圧型保全やプレスマシンのメンテナンスを担当する、設備保全専門の作業員たちがいる。日々、プレスマシンに使う圧型やプレスマシン自体の点検や修理を行なう彼らは、野獣の健康状態をチェックし治療する獣医のような存在だ。モノ言わぬ野獣の診断を適切に行い執刀を施す彼らは、休日であっても駆けつけ24時間体制で任務に当たる。この作業をマスターするには、10年を要するという匠の技である。美しい日産車のボディ作りは、機械を匠の技で操る作業員たちの存在なくしては考えられない。

クルマは、見た目もまた重要な品質の1つ。Jukeなど、従来のプレスマシンでは無理だった形状や、デザイナーが思い描いたままの形状が、5000tプレスを活用することで可能になった。思いのままのデザインを短期間で生産し、お客様に届けられることが、5000tプレスと作業員たちの功績だ。猛獣たちも猛獣使いたちも皆、日産車の抜群のプロポーションに、ただならぬ愛着を感じているのだ。

プレスマシンが加工したパーツは、人間の視覚と触覚でチェック。さまざまな角度からチェックすることで数ミクロンの誤差も見逃さない。プレスマシンの精度を保ち、設備を安定して稼動させるのが圧型保全と設備保全メンバーの仕事。