オーケストラの指揮者

シンフォニーを担うのは、品質を司るチャンピオン

指揮者が指揮台に立つ。タクトを手にとって、楽譜を眺めながら今から始まる大仕事を見渡している。オーボエ、バイオリン、ティンパニー、トライアングル、目の前の演奏者は、ありとありうる種類の楽器を抱え、彼の指示を待っている。音符1つ1つ、演奏者1人1人が演奏できるように、すべてを完璧に導くことが、彼の仕事だ。

今回の話の「指揮者」とは、作曲家や音楽家のことではない。日産のOverseas Project Quality Director (OPQD)。つまり海外で販売されるモデルの品質を一手に担う“クオリティー・ディレクター”のことなのだ。長年の経験を活かし、すべての部署から、最高レベルのパフォーマンスを引き出すのが彼の仕事。OPQDは、世界中にわずか10人ほどしかいないクルマづくりの第一責任者なのだ。
オーケストラに、様々なパートと音質があるように、日産のクルマづくりもまた、サプライヤー、デザイン、実験、生産、マーケティングといったあらゆる部門をまたいだ複雑な構成になっている。それでも、クオリティーの高いクルマを世に送り出すため、異なったエンジニアリング要素を複数の国々や地域から統合し、グローバルなネットワークを通じて協力しあっているのだ。

街中の渋滞から郊外の舗装されていない道路、はたまた桁外れな積雪量まで。ロシアでは様々な道路環境があるのだ。

指揮者は自分自身や、演奏者の役割だけでなく、観客のことも考えなくてはならない。観客こそが最終的なジャッジなのだ。美しいメロディーが観客に響かなければ、再び足を運んでくれはしないだろう。そのため、完璧な演奏をしなければならないのだ。

日産ヨーロッパのOPQD、スチュアート・テイラー氏は、16年間自動車業界の様々な品質管理の仕事を手がけてきた。彼の最近の“ツアー”場所は、ロシア。ロシアの目覚ましい成長とともに、現地で生産される日産車はもちろん、それぞれのパーツ部品が、日産の厳しい品質基準に添うために、どうしたらよいのか?さらには、ロシア特有の道路環境やお客さまのニーズに対し、何が必要なのか?というハードルに挑戦している。

他の地域と異なり、ロシアの洗車機の水圧は強力。クルマにダメージを与えずに、水漏れがないかなど、OPQDが入念にチェックする。

OPQDは、“シンフォニー”全体のどこに間違いが起こりやすいのかを見分けなければならないという。そして、何度も稽古を行い、完成度の高い演奏を形にするために各地域の演奏者1人1人の力を十分に引き出さなくてはならないのだ。
工場や生産の現場を超え、Pre-Start of Sales Quality Clinics (PSQC)といった開演前のリハーサルともいえる“お稽古”の場も企画するのだ。これは、クルマが世に出る前に、行う最終チェックだ。現地のお客さまと同じ生活環境を予測し、現地のドライバーが一般道路を2万キロも走り、耐久性実験を行う。
ロシア特有の気候も考えてみよう。冬は-30℃もの極寒。夏は、40℃を超える灼熱。そんな中でも耐えられるクルマが、ロシアのドライバーには必要となる。さらに、街中の渋滞や郊外の舗装されていない道まで、数多くの状況の中を走らなくてはならない。凸凹道路、ポットホール、高い縁石、電車の線路を超えるなど、厳しい道路環境を耐えられるクルマが不可欠なのだ。
また雪道は、ロシアではありふれた道路環境といえるだろう。すると雪道と道に巻かれる融雪剤もまたクルマにダメージを与える原因になる。雪が解けた後、道路に残った泥が、サスペンションに悪影響を及ぼさないのか?道に轍や穴があると、一体どうなるのか?
日産のクルマが、このような日常生活に耐えられるようにするのは、OPQDの使命だ。PSQCのテストでは、ロシアのオーナーが日々直面する道路環境を走り続けるのだ。
ロシアの洗車機も、要注意だ。他の国よりも水圧が高く、泥やホコリを洗い落とすために、強いアルカリ性の洗剤が使われる。テイラー氏のチームは、そんなロシアの洗車事情であっても手を抜く事はない。PSQCのテスト後に、ロシアのオーナーと同じように洗車を行い、問題がないかをチェックするのだ。

日産ヨーロッパのOPQD、スチュワート・テイラー氏(右)が、現地の“オーケストラ奏者”の1人と握手。

本当の意味の「品質」とは、お客さまが欲しいモノを欲しい時に提供する事だ。ロシアという急成長を遂げる市場では、お客さまの品質に対するこだわりは日々高まる一方だ。そんなお客さまのニーズを満たすため、OPQDは日産のAlliance Vehicle Evaluation Standard (AVES)に沿って、すべてのお客さまに応えられるよう、日々努力しているのだ。

OPQDのチャレンジは、世界市場での多様性や、世界中のお客さまへのニーズに応えた車種展開への日産の入念なビジネスの支えとなっている。オーケストラの調和を保つ指揮者の仕事は、決して簡単な仕事ではない。テイラー氏の場合、一人一人のメンバーとの人間関係が重要だという。「すべてのキーメンバーとの強い信頼関係やお互いの理解を、時間をかけて築き上げます。」と彼は説明する。「そうすることによって、必要なときに皆の能力を引き出し、効果的なチームワークが生まれるのです。」

優秀な指揮者と同じように、オーケストラの演奏者自身がハーモニー全体に深く関わっていることを真剣に考えなくてはいけないのだ。テイラー氏は、ヨーロッパのお客さまに耳を傾けたシンフォニーを作り出している。世界の各地域にテイラー氏のような“指揮者”が日産のオーケストラを日々、奏でているのだ。一瞬、耳を傾けてみてほしい。演奏者1人1人、音符1つ1つが調和され、素晴らしいメロディーが聴こえてくることを。