工場の財宝

日産の工場には財宝が存在するという。その名も「NPW」。いったい、NPWとはどのようなものだろうか?その手がかりを握るのが、生産技術本部NPW推進部の市川EL(エキスパートリーダー)だ。

市川ELが見せてくれたのは一冊の冊子。 タイトルには「NPW」とある。NPWとは「日産生産方式(Nissan Production Way)」の頭文字をとったもの。これこそが、日産の財宝であるという。何の変哲もない冊子であるが、この19年間で2度の改定が加えられ、その内容は日々、進化し続けている。その誕生は、1994年。当時、日産の車両生産拠点はすでに海外へと拡大しつつあり、日本が長年培ってきた高品質なモノづくりを、グローバルに伝えていくことが急務となっていた。そこで日産の世界中の工場で実践されたモノづくりのノウハウをまとめたバイブルともいうべきNPWが誕生したのだ。

市川 博
1982年日産自動車入社。NPW推進部所属。「同期生産」を考案し、現場管理のグローバル展開、GTC校長を務める。

日産のモノづくりとはなにか?

今日まで、NPWを一手に率いてきた市川ELは「日産は、それまでも、絶え間なく品質や生産性向上に取り組んできたが、思わぬ壁にぶちあたっていた。その状況を打破したいと考えたことがNPWのきっかけ。目指したのは、日産のモノづくりを世界中で実現すること」と語る。市川ELたちが、最初に取りかかったのが「モノづくりとはなにか?」という根本的な考え方を定義づけることだった。
そこからNPWのコンセプト『2つの限りない』が生まれた。ひとつは、お客さまとの信頼関係を築く『限りないお客さまへの同期』。もうひとつは、モノづくりにおける問題点を徹底的に洗い出して改善に取り組む『限りない課題の顕在化と改革』。
例えば、『限りないお客さまへの同期は、たとえ1万台に1つの不具合も見逃さず、お客さま1人ひとりの期待に応えた品質を作りこんでいく「品質の同期」、お客さまに価値のない作業工程は、全て無駄と考える「コストの同期」、生産工程だけでなく開発のリードタイムも短縮し最短の納期を実現する「時間の同期」など、モノづくりに携わる全ての人に、わかりやすく表現している。
市川ELはこう振り返る。「これらの『2つの限りない』の共有は、モノづくりの革新を引き起こす原動力となった。一体どうすれば、お客さまのためになるのか?という全体最適の論議に変わったのである。」
モノづくりの基本的な考え方が共有されると、目標達成に向けた取り組みが世界中で始まった。全員が、材料やパーツが工場に入ってきてからお客様の手に届くまでの一連の「流れ」に着目するようになったのだ。もうひとつ現れた変化が、生産に着手する“情報”だ。予測の生産計画ではなく、可能な限り、お客さまからの受注情報、つまり確定した生産計画に基づき生産に着手したい、と思うようになったことだ。

こうして1997年、全社に「同期生産」の導入が宣言された。同期生産とは「お客さまからの受注情報を、上流工程から下流工程まで同時につかみ、はねだしのない、一貫したものの流れを構築し、おのずと生産順序も乱れない生産状態」と定義される。この同期生産は他者の生産方式を凌駕する不良ゼロ・故障ゼロといった分かりやすいありたい姿、在庫や情報に対する新しい概念が盛り込まれている。

「日産生産方式」と表紙に書かれた1冊の本。日産の世界中の工場で実践されたモノづくりのノウハウをまとめたバイブルともいうべき日産の財宝だ。この19年間で2度の改定が加えられた。

もうひとつの財宝とは?

市川ELは「日産の工場には、さらに重要な財宝がある」という。それは“人財”だ。NPWでは、“人材“ではなく“人財”と呼ぶ。同期生産を実現できるのは、現場の努力があってこそ。そんな人財を作り上げることもまた、NPWの欠かせない役割だ。「結局のところ、モノづくりは人づくり。成長した人財が自らNPWを進化させていく姿を見るのが、楽しくてたまらない」と市川ELは語る。
市川ELが所属する「NPW推進部」は、NPWを世界中の工場に伝えるためのチーム。冊子だけでなく、映像やパワーポイントといった資料をパッケージ化し、世界各国の拠点への共有を徹底している。世界中で共有され、日産車の品質が高まっているのは、彼らNPW推進部の努力の賜物だ。高品質な車両をお客さまに提供するために人から人の手に継承されていくNPWは、日産が誇るかけがえのない財産なのである。