日産「カラテ」道場

日産が誇る、高品質かつ門外不出のクルマづくり。その生産技能を世界に伝える「グローバル・トレーニング・センター(GTC)」は、まるで空手道場だ。ここではいったい、どんな修行が行われているのだろうか?

「日産の品質は1日にしてならず」――そんな看板を掲げる道場が、日産追浜工場にある。ここGTCは、日産品質のクルマづくりや心構えを伝承する、日産のモノづくり技能の養成道場だ。道場には今日も、マレーシアやアメリカ、メキシコといった各生産拠点から師範代候補者らが集い、各自、師範と共に修行に精を出している。訪れるのは、各拠点が誇る工長レベルの強者たち。工長とは、係長の下。現場の第一線で監督を担当する職位だ。彼らは師範であるグローバルマスタートレーナーから技能の指導方法や基本技能、高技能の指導方法を学び終えると、師範代=マスタートレーナーとなり、各自の拠点で指導にあたる。生産技能のノウハウや心構えを工場で働く弟子たちに伝承するのが、彼ら師範代の使命なのだ。

世界中で販売される日産車の生産拠点は、今や50以上。実に、約7割強が日本国外での生産となる。工場設備や生産プロセスをマニュアル化するだけでは、モノづくりの品質は高められない。設備やマニュアルを正確に運用する“人財”育成が、グローバル品質に欠かせない要素。日産の生産部門では人材ではなく“人財”と表記。ここに、人を大切にする気持ちをこめている。工場で働く生産に従事する人財を育成し自律させる仕組みづくりが、GTC設立の狙いである。日産は、GTCの存在により拠点ごとのモノづくり品質を高め、世界中の日産車の品質を保ち、向上させている。それではさっそく、GTCで行われている修行の様子を覗いてみよう。

各拠点から集った工長レベルのスタッフら(左)が、グローバルマスタートレーナー(右)からクルマづくりに関するさまざまな指導を受ける様子。彼らは技能の指導方法を学び終えるとマスタートレーナーとなり、各拠点で技能の指導にあたる。

技能の教え方を学ぶ道場

今、道場で行われているのは、ボルトを締める組み立ての工程を指導する講習。これは、現場管理を勉強し、工場で働くスタッフたちを指導するため。GTCでは、教材を使い、各工場の弟子たちに、どのように教えれば技能が伝わりやすいかなど、その指導方法を学ぶ。「たかがボルト」とあなどるなかれ。基本技能が身に付いていなければ、ボルト1本締めるにも、ねじ穴をつぶしてしまったり締めたはずのボルトが締まっていなかったり、作業中にボルトを落としてしまうという初歩的なミスを起こしてしまう。しかし、ボルト締めの技能を正確に伝承できれば、ボルトを締める所用時間は飛躍的にスピードアップ。GTCでの指導方法を教えていない初心者では、練習台でナットを締める際に10以上あった失敗も1日もしないでゼロになる。こうした教材を使用するのは、弟子たちの使用言語に関わらず生産技能を伝えるため。教材をビジュアル化することで、あらゆる国で使用でき、さらに何度も繰り返し学べるようにするための工夫なのだ。
つくり込み品質を支える技能を世界各国の拠点に持ち帰るため、今日も彼らの修行は続く。修行期間は2週間から3ヶ月。厳しい修行を終えた彼らの前には、さらに厳しい最終試験が待っている。この試験に合格しなければ、各拠点で弟子たちに指導を行う師範代=マスタートレーナーの称号を手にすることはできない。 基本技能は3ヵ月後、高技能は6ヵ月後の認定となるが、その間に師範代候補者たちは各拠点の弟子たちにGTCで習得した技能を披露・伝授する。その教え方を、師範の厳しい目がチェックする。また、日本でのトレーニング最終日に立てた、自身が帰国後に実施するマスタートレーナーとしての人財育成計画を拠点に戻り実践できているかどうかも評価の対象になる。

GTC内に貼られた卒業生たちの顔写真。彼らは、マレーシアやアメリカ、メキシコなど世界50以上の拠点からやってくる。設備やマニュアルを正確に運用する“人財”育成が、グローバル品質に欠かせない。

モノづくりに取り組む心構えが必須

マスタートレーナーに求められるのは、技能の伝承を完璧にこなすことだけではない。モノづくりに取り組む心構えも含め、日産のDNAを習得したものだけが、マスタートレーナーを名乗ることができるのだ。つまり、日産のモノづくり道を、真に極めた者にのみ贈られる栄誉ある称号である。そのために欠かせない、モノづくりに取り組む心構えとは、例えば「5S」と呼ばれる「整理」「整頓」「清潔」「清掃」「躾」を徹底すること。また、GTCでの修行の始まりと終わりには、必ず全員で「礼」「お疲れ様でした」といった挨拶を行っている。技能に加え、5Sや礼といった品質に対する心構えを伝承することで従業員のモラルが向上。品質への意識の高まりにつながる。2005年に、モノづくりの基礎を世界中の工場へと伝達するGTCが発足して以来、海外工場の品質や生産性は格段に向上。更にロシアや中国、インドといった新工場の立ち上げにも、その機能をフルに発揮。立ち上げ直後からの高品質・高生産性達成などに貢献している。さらにGTCでは、年に一度、世界一のスキルを持つ者を決する「グローバル基本技能大会」を開催している。GTCに世界の工場から300名が集まり、「マスキング」「ネジ止め」といった各自の技能を競い合う。参加できるのは各拠点の予選を勝ち抜いた弟子の代表選手たち。こうして切磋琢磨することで、高品質を支える技能が、あらゆる拠点で高いレベルで実現されている。

そして、今日もまた1人、マスタートレーナーの称号を手にした者がGTCを巣立っていく。彼らは日産品質の師範代となり卒業した後も、修行の舞台をGTCから各拠点へと移し、モノづくり品質を高める努力を怠らない。工場で働く弟子たちの指導にあたることで、工場一丸となり、より良いモノづくりの技能向上に挑戦し続けているのだ。最近では、メキシコやイギリスの工場でもグローバルマスタートレーナーの称号を手にし、師範として師範代たちの育成にあたるモノたちが現れている。
「日産の品質は1日にしてならず」――師範代たちの活躍により、各国の工場にもまったく同じ看板が掲げられ、今日も日産のグローバル品質は磨かれ続けている。今日もまた1人、新たな師範代が追浜を巣立っていく。彼らの腰に巻かれたマスタートレーナーの証である黒帯が、日産車のグローバル品質を高め続けるシンボルだ。