ジャングルなんてこわくない!

日産車は、どんな状況でも安全かつ快適に走らなければならない。ハイテク社会が生んだ “電波のジャングル”の中であっても常に最高のパフォーマンスが発揮できるよう、今日も過酷なトレーニングを積んでいる。

スマートフォン、ノートPC、タブレット端末にブルートゥースのイヤホン……。普段持ち歩くカバンの中身は、手帳と書類しか入っていなかった20年前とは大違い。こうしたデジタルのガジェットは、電波を使って作動している。今の世は、電波に満ちている。
同じようなことが、自動車にも起きている。自動車にも多くのデジタル機器が使われるようになったのだ。今の車は、電波に満ちている。

携帯電話と基地局のアンテナは交信を行い、ノートPCやタブレットは無線LANでつながっている。携帯電話の話し声やメールを伝えるのは、空間を振動させる波動=電波だ。身の回りの目に見える電子機器の増加に比例して、目に見えないこの電波がいま飛躍的に増えている。携帯電話の基地局・WI-FIスポット・ETC・電子決済ポイント・・・。暮らしが便利になればなるほど電波もまた増えている。

車両は、シャシーダイナモと呼ばれる走行状態を再現する台上にある。疑似走行状態の車両に向けて、上から巨大なアンテナが電波を照射する。ブレーキ、オーディオ、ヘッドランプ、ワイパーなどに影響がないことを確認する。

それは、クルマに関しても同じ。電波を味方につけることでクルマも飛躍的に便利で快適なものになった。カーナビやインテリジェントキーは電波の活用によって初めて実現できた装備だ。「ディスタンス・コントロール・アシスト」を装着するモデルは、電波を照射して前方を走るクルマとの距離を認識している。

しかし一方で、クルマを便利にするこの電波は危険な存在にもなりうる。1つは、クルマが発する電波が外部に影響を与えるケース。自動車から出た電波が周囲に影響を及ぼすこと、例えばテレビやラジオを妨害するようなことがまずあってはならない。より重要なのが、もう1つのケース。すなわち、クルマが外部から電波の影響を受けるケースだ。例えば、テレビやラジオの電波塔の下を通った時に、クルマの電子部品が電波の影響を受けるようなことがあってはならない。エンジン、トランスミッション、ステアリング、ブレーキなど、主要部品に電子部品が使われている以上、ドライバーが危険にさらされることはないか? したがって、外部からの電波の影響を受けないクルマを開発することが、お客さまの安全に直結している。

強い電波を受けるため、テスト車両は人間ではなく機械が操作する。金属製だと電波の影響を受けるため、樹脂や木でできた機械がブレーキペダルやシフトレバーなどの操作を行う。

この世は電波に囲まれたジャングル。この電波ジャングルを安全に駆け抜けるために、日産は電波の影響を受けないクルマ作りに取り組んでいる。クルマに与える電波の影響をテストするのが、広さ27m×21m×高さ10mの巨大な電波暗室だ。電波暗室の特徴は、壁が鋭い突起状のトゲトゲで覆われていること。社内で「電波吸収体」と呼ばれるこのトゲトゲは、発泡材にカーボンを練り込んだ電波を吸収する素材でできている。車両に向けて照射された電波は、電波吸収体にあたって反射を繰り返し、最終的には電波吸収体の根本に吸収されるのだ。

電波暗室では被験車が疑似走行状態を作り出す台に載せられている。世界各国の法規をクリアするため、20MHzから2GHzまで、2%刻みでさまざまな周波数の電波をあてる試験を行うのだ。試験では、計器類が誤作動していないか、機能が落ちることがないかなどを確認する。各国の法規では、誤作動を起こすと走行に支障をきたす、ブレーキ、ワイパー、ABS、スピードコントロール、オートクルーズ装置などの重要な電装部品が対象となっている。

電波試験では極めて強力な電波を照射するため、車内はもちろん電波暗室内も無人で行われる。そのため、ブレーキ時のABSの作動チェックや、シフトなどの操作にはロボットを用いる。

日産は社内基準として各国の法規よりはるかに強力な電波を照射するが、すると「電子レンジの中にいるような状態になる」とか。したがって実験結果のチェックはデータの数値だけではなく、車内外に設置した5~6台のカメラがとらえた映像をコントロールルーム内の人間が目視で行う。
誤作動が起きた時には、これまで蓄積したデータと照らし合わせるなどして、どの部分に照射した電波が原因なのかを突き止める。

国ごとに異なる法規をクリアするのは当然であるが、日産はさらに一歩進んだ電波試験を実施している。それが、カーナビの画面に色味の変化がないかといった、より品質を高めるための試験だ。そのために、もうひとまわり小さな電波暗室を使い、電波防護服を着込んだ実験担当者が車両に乗り込んでテストを行う。
この試験の特徴は、法規と違って基準がないこと。したがって、担当者のイマジネーションによって項目は無限に増えていく。テストを担当する電子技術開発本部の斎藤伸は「カーナビの画面をデフォルト状態ではなく最高の輝度でお使いになっているお客さまがいるとします。そうした特殊な使い方をしても、電波の影響を受けないか、テストしておく必要があるのです」と語る。斎藤をはじめとする担当者には「こんな場面や使い方もあるのではないか」と想像する、豊かなイマジネーションや経験が欠かせない。

飛行機であれば「携帯電話や電子機器の電源をお切りください」というアナウンスが流れる。けれども多くの人々の暮らしを支えるクルマの場合は、そういうわけにもいかない。日常生活で当たり前に使えてこそクルマなのだ。電波ジャングルを安全に、そして颯爽と駆け抜けるために、日産の奥地では今日も念入りなテストが行われている。

電波が影響を及ぼすため、テスト時のデータを計測機器で読み取ることは難しい。したがって、テスト車両に積んだカメラが撮影した画像をもとに、人間の目でウインカーやワイパーなどが正しく作動しているかを確認する。