横浜ラボについて 研究内容 研究者

デザイン
エクステリアデザイン革命

スクープ映像?いいえAIが描きました!

 深層学習は画像分野でも活躍を続けており認識・検出だけにとどまらず,2014年に敵対的生成ネットワーク(GAN: Generative Adversarial Nets)が提案されてから,画像を自動的に生成する技術は凄まじく躍進しつつあります.ノイズをランダムで入力するだけで,見たことのない画像を多数生成できる点はモノづくりの根底を変えてしまいそうな予感さえします.

 常に最先端の技術に挑戦し続ける我々研究所は,かなり早い段階で画像生成技術の可能性を感じ,自動車や自動車産業にどう役立てるのかの検討を始めました.単純にオープンソースを動かすだけで,興味深い結果が得られるのも研究者魂を刺激します.

 上の図の左側で線画を書くとそのテイストを持った車を描いてくれるGANを応用した簡易のアプリを作成しました.車体の色を変換する機能も備えていますので,クリックすると簡単に色を変換できます.従来一枚の線画に色を付けるのはかなり時間がかかっていましたが,画像生成の技術を用いて瞬時にカラフルな画像を出力できます.また,GANが提案された時点では解像度が32×32の画像しか生成できませんでしたが,近年Full HDサイズ以上の画像も生成できるまでに発展し,画像品質も絶えず進化し続けています.上の図の右側は最近のGANを用いて車の画像を生成した結果です.かなり良い画像品質で生成することができ,現実では見たことのない車を短時間でたくさん画像を作ることができます.   

 我々研究所は現在,生成技術のポテンシャルを見極めた上で,深層学習の創造力を用いてどのように実務での効率化に活かせるかをデザイン部門と共同でチャレンジしています.深層学習とデザイナーを入れ替えるのでは決してなく,いかに相乗効果を出してより良い日産らしいデザイン案を創出したいと考えています. 


設計
エアロダイナミクス設計の革命

計算時間、日単位から秒単位へ

 クルマの性能を測る指標は動力性能や環境性能等,多岐にわたるものがありますが,なかでも近年重要な指標の一つが「空力性能」です.これはすなわちクルマが空気を押しのけて進むことに起因する性能であり,「空力が良い」クルマは燃費が良かったり風切り騒音が小さかったりとメリットが大きいため,各社が競って取り組む課題です.とはいえ空力性能だけに特化したクルマを作るわけにはいかず,そのデザインや居住性,衝突安全性との兼ね合いでバランスをとる必要があり,日々試行錯誤が繰り広げられています.
 現在,車両開発の初期段階における空力性能の評価手法は計算機シミュレーションが主流となっています.主にCFD(Computational Fluid Dynamic:数値流体力学)という手法が使われえており,強力な計算能力を持つコンピュータによる,運動方程式の繰り返し計算により,空気抵抗値,揚力値,圧力場,速度場と言った性能指標を予測,可視化しています.
しかし,この計算には強力な計算機をもってしても,数時間から数日という時間を要するため「ちょっとだけここを変えたらどうなるか,すぐに見たい」という要望に応えることが難しいのが現状です.
 そこで我々研究所では,この課題に対しディープニューラルネットワークを適用することにチャレンジしています.教師データとしてこれまで蓄積してきた車体形状ごとのCFD結果を用い,モデル学習を行うことで,数秒で空力性能指標を弾き出すことに成功しました.今後は昨今注目されている物理法則を加味したモデル(Physics informed Neural Network)なども視野に入れながら,設計部門やデザイン部門がインタラクティブに,リアルタイムに空力性能の評価ができる仕組みの開発を目指します.日単位から秒単位へ,これが実現すると,仕事の仕方は今とは全く異なるものになることが予想されます.AIがもたらすゲームチェンジの一端がここにあります.

*1 Cd値: Coefficient of drag, 空気抵抗係数のこと. クルマの前後方向の動きに対して押し戻そうとする力であり,燃費に大きな影響を与える
*2 Cl値: Coefficient of lift , 揚力係数のこと.クルマを浮き上がらせようとする力であり,高速走行時の直進性に大きな影響を与える
*3 圧力場: 走行時の車体表面付近の空気の圧力変化の空間分布.
*4 速度場: 走行時の車体表面付近の空気の速度変化の空間分布.

    【発表論文】
  • 機械学習を用いた自動車空気抵抗係数のインタラクティブ予測ツール開発
    赤坂 啓, 陳 放歌, 寺口 剛仁, 人工知能学会 第34回全国大会, 2O6-GS-13-02, 2020
  • 機械学習を用いた自動車空力性能を予測するためのサロゲートモデル開発
    赤坂 啓, 陳 放歌, 寺口 剛仁, 自動車技術会論文集,Vol.52, No.3, 20214248, 2021

運転体験
Connected Car革命

デジタルとの究極の融合Invisible-to-Visible乗車体験

 ユーザ体験(UX)という言葉が一般的になって久しいですが,クルマにおけるUXは「運転そのもの」と言うのがこれまででした.昨今,クルマの知能化はめまぐるしく進展し,車線維持機能や前車追従機能など,自動運転につながる技術が次々と実用化されています.近い将来,完全自動運転やそれに類する高度運転サポートが当たり前になったとき,クルマにおける新しい体験とは何なのか? そんなことを日々考えています.
 それを体現したコンセプトの1つが2019年にCESで発表したInvisible-to-Visible (I2V)という技術です.見えないものを見せる技術を駆使した新しいユーザ体験を創る取り組みです.運転中の「見えたらいいな」の代表は「死角」です.クルマ自身に隠れてドライバーから見えない歩行者等を見せる技術は昔から取り組まれており,昨今のクルマでは,カメラ等のボディセンサーが大量に搭載されています.そして,もっと離れた渋滞の先頭や,これから通り過ぎる予定の交差点,これから入ろうとしている駐車場の空き状況など,運転席からは見えない遠くの情報も”Connected Car”(つながるクルマ)技術の進歩により手に取るようにわかるようになります.私たちはこの「見えたらいいな」の更に先を考え,「助手席の価値の再発見」というアイデアにたどり着きました.どこか遠くに住むユーザを,デジタル化した体(アバター)として助手席に転送することにより,あたかも遠くの誰かと一緒にドライブする感覚を作ろうというものです.クルマは「どこに行く」以上に「誰と行く」が大切だと私たちは考えます.この技術により,クルマはこれまでの枠を超え,今まで一緒にドライブすることが難しかった物理的,身体的制約のある人々と同じ空間・時間を共にする「体験共有マシーン」なると期待しています.
 ここに必要なのがAR/XRと呼ばれる,現実空間にデジタル情報を重ねる技術や,メタバースと呼ばれる,仮想空間につくられた別の世界,コミュニティ,エコシステムです.また,深層学習をはじめとするAI技術による,アバターキャラクタや音声の生成,対話の半自動化等,ヒトとAIが協調しながらドライブが盛り上がる移動空間を演出する方法などにも注目しており,そこに必要となる幅広い技術を検証するため,多くの技術者とコラボレーションしています.


これはクルマの「空力性能」のシミュレーション画面の一部です。Cd値という、簡単に言えばクルマ周りの空気の流れ易さ(抵抗)を表す数値のひとつを求めています。空力性能に優れると燃費などの向上が期待できますが、デザイン上の制約条件も多く、クルマづくりの現場では日々、外観、室内空間と空力性能の両立を目指してエンジニアリングをしています。 上のムービーで、クルマの形を少し変えると、画面右の“Cd Value”の数値が即座に変化するのが見えますか? このCd値を求めるには本来、CFDという高度な科学計算を要し、専用の大規模コンピュータで数時間から数十時間をかけて求めています。 つまり、少しクルマの形を変えたら、Cd値が出てくるまでに数十時間待たなければなりませんでした。 そこで私たちはこのCd値計算を深層学習による「推論」に置き換えることにチャレンジしました。 推論には学習が必要ですが、これまで蓄積してきたCd値計算シミュレーション結果が大いに役立ちます。 用いたAIモデルは簡単に書くと下図のような3次元構造を持つ深層ネットワークです。このモデルを学習データでトレーニングした結果、Cd値の瞬時の推論を実現しています。 なお、ムービーの終盤にクルマの周りに空気の流れが可視化されています。これは速度場や圧力場と呼ばれる空気の流れを表すもので、現在この推論性能の向上に取り組んでいます。