研究通信

2023.04.20

研究通信#6

高齢者の自動車運転能力と
運動能力との関連研究

 今回の調査は、「高齢者の自動車運転能力と運動能力との関連」について検証したものです。
 一般的には、高齢者の自動車運転能力には認知機能が影響すると考えられています。しかし、運転中に姿勢を安定させ、ハンドル・アクセル・ブレーキを状況に応じて適宜適切に操作するためには、運動能力が必要であることは想像ができます。ところが実際には、自動車運転能力と運動能力との関連を調べた調査は少ないのが現状です。

1.加齢による老年症候群

 高齢者の自動車運転能力に影響する要因を考える際の重要なキーワードとして、「老年症候群」があげられます。聞きなじみのない言葉かと思いますが、「加齢によって引き起こされる様々な身体・認知・心理・社会的機能の低下や慢性疾患」のことを総称した言葉です。例えば、歳を重ねることで、脚の筋力などの身体機能が低下し、階段昇降が辛くなったり歩くのが遅くなってきたりします。記憶力などの認知機能が低下し、物忘れも増えるかもしれません。心理面では、なんとなく疲れやすい、やる気がでないといった気分の落ち込み(抑うつ症状)がでることもあります。さらに、仕事を定年退職し、家の外での社会的活動が無くなることで外出頻度が減り(閉じこもり)、周囲から孤立(社会的孤立)するといった社会的機能の低下もありえます。なお、これらの機能低下は、決して“病名(疾患)”として確定できるものではありませんので、医療機関を受診したとしても「歳のせい」と言われてしまうことが多いのも現実です。また、これらの機能低下と関連して、骨粗しょう症、変形性関節症、アルツハイマー型認知症、うつ病などの慢性疾患を抱えることも多くなります。もちろん、加齢によって各臓器の生理機能も低下するため、高血圧、高脂血症、糖尿病といった慢性疾患にもかかりやすくなります。つまり、図1に示すとおり、加齢によって、疾患であるか否かに関わらず、様々な健康上の課題が起こりえるということです。
 加齢による老年症候群によって、様々な機能の低下が起こりうるわけですが、重要な点としては、個々の機能低下が完全に単独で起こるわけでもないということです。例えば、骨格筋の筋肉量と筋力が低下した状態を「サルコペニア」と呼んでいますが(図2)、近年ではサルコペニアの状態にある高齢者では認知機能が低下するリスクが高いことが多くの関連研究を分析した結果として明らかにされています(Chen, 他. European Geriatric Medicine 2022年13巻,p771-787)。つまり、高齢者の自動車運転能力に影響する要因を考えるとき、数ある老年症候群のなかから認知機能低下のみで説明をすることは、背景にある問題を見逃すことになるかもしれません。事故に繋がりうる運転能力の問題は、サルコペニアの状態に認知機能の低下が重なったときに起きているのかもしれません。したがって、自動車運転能力に影響する要因は、認知機能だけでなくサルコペニアに繋がる運動能力なども含めて幅広く検討することが必要と言えます。

図1 「老年症候群」のイメージ図
図2 サルコペニアの判定方法例

2.調査の参加者

 上記のことから、高齢者の自動車運転能力に対して、認知機能に加えて運動能力も関与するか否かを、実験的に検証することとしました。
 本調査には、日本国内で有効な自動車運転免許証を有し、調査時点で週1回以上定期的に自動車の運転を行っている66名の成人に参加していただきました。なお、運転技能の習熟度を考慮して、自動車免許取得後1年未満の方や定期的に自動車を運転していない方(週1回未満)は調査参加者から除外しました。

3.運転能力の評価

 本調査では、ドライビング・シミュレーターを用いて自動車運転能力を評価しました。ドライビング・シミュレーターはパーソナルコンピュータ内のプログラムによって操作が制御されたハンドル、ブレーキ、アクセル、モニターで構成されており、ハンドルやアクセルなどの操作と連動してモニターに映し出される風景が変わるようになっています(図3)。

 今回の調査では、高齢者の自動車の運転に関わる交通事故の原因として挙げられることも多いアクセルとブレーキの踏み間違えによる事故を想定して、シミュレーターを用いた「アクセルとブレーキの踏みかえ課題」を行いました。参加者はモニターを見ながら指定の速度になるまでアクセルを踏み込んで直線路を走行します。走行中に、参加者にはモニター上に“青”、“黄”、“赤”の3種類のランプが無作為な順番で提示されるようになっています。参加者は、提示されたランプの色に合わせて事前に指定されたアクセル・ブレーキの操作をします。ランプの色に対するアクセル・ブレーキ操作の事前の指定内容は、『青色のランプが提示されたときはアクセルをそのまま踏み続ける』、『黄色ではアクセルから一度足を離してからすぐにアクセルを踏み直す』、『赤色ではアクセルから足を離してブレーキを踏み、その後再度アクセルを踏み直す』、というものです(図4)。今回は、全参加者において、全部で 50回の操作課題を提示しました。つまり、走行中に“青”、“黄”、“赤”の3色のランプを50回無作為な順番で提示し、提示されたランプの色に応じた指定内容のアクセルとブレーキの踏みかえ課題を50回実施していただきました。
 参加者には測定開始前に、ドライビング・シミュレーターの操作に慣れるための練習を行い、操作に慣れたのちに実際の運転能力の測定を実施しました。提示したランプの色と事前の指定操作の内容が異なる場合に「誤操作」と判定し、運転能力の指標として全50回のアクセルとブレーキの踏みかえ課題を実施している間に起きた誤操作の回数をカウントしました。例えば、青色ランプに対してアクセルから足を離す、黄色ランプに対してアクセルから足を離してブレーキを踏む、などの操作を行った場合に誤操作と判定しました。

図3 ドライビング・シミュレーターを
用いた実験風景
図4 アクセルとブレーキの踏みかえ課題

4.運動能力の評価

 運動能力の調査項目として、@握力、A膝関節伸展筋力、Bアップ&ゴーテスト、C通常の歩行速度、D早歩きでの歩行速度の5項目を測定しました。

@握力の測定:
 握力計を使って利き手の握力を測定しました。サルコペニアの判定では握力が男性で28kg未満、女性で18kg未満の場合に“筋力低下あり”と判定します(図2)。

A膝関節伸展筋力の測定:
 椅子に座った状態から右脚の膝を最大努力でまっすぐ伸ばしていただき、その際に発揮される力を筋力測定計という専用の機器を使って測定しました(図5)。膝関節伸展筋力は、大腿四頭筋という太ももの前面にある大きな筋肉の力を計測しているものです。大腿四頭筋は、立ち上がり、歩行、階段などの基本的な動作を行ううえで重要な役割を果たす筋肉です。握力と膝関節伸展筋力は、それぞれ腕の筋力と脚の筋力の指標として捉えることができます。

Bアップ&ゴーテストの測定:
 アップ&ゴーテストは、高齢者の歩行・バランス能力に関するテストとして、リハビリテーション領域でよく使われるテストです。アップ&ゴーテストは、太ももの上に手を置いた椅子座位の状態から立ち上がり、できるだけ速く歩いて3m先のコーンで折り返し、再び元の椅子に戻って座るまでの時間を測定するものです(図6)。椅子から立ち上がり、再び元の椅子に座るまでの時間をストップウォッチで計測し、時間が速いほど歩行・バランス能力が優れていると判断します。65歳以上で身体障害がない方の平均値は約7秒と考えられています(Kamide,他.Geriatrics & Gerontology International 2011年11巻,p445-451)。また、9秒以上になると将来的に介護が必要となるような障害が発生するリスクが高まると考えられています(Makizako,他.Physical Therapy 2017年97巻,p417-424)。

C通常の歩行速度、D早歩きでの歩行速度の測定:
 歩行速度は直線を歩いているときの平均速度を計測するもので、いつも歩いている速度(通常歩行速度)と最大努力での早歩きで歩いた時の速度(最速歩行速度)の2条件で計測しました。歩行速度は前述のサルコペニア(図2)の判定をする際にも用いられますが、サルコペニアの判定では通常速度が1.0m/秒未満の場合に“歩行速度低下”と判断します。

図5 膝関節伸展筋力の測定方法

図6 アップ&ゴーテストの測定

5.認知機能の評価

 認知機能については、トレイルメイキングテストを行いました(図7)。トレイルメイキングテストには、パートAとパートBの2種類がありますが、今回は簡易的なパートAのみ実施しました。トレイルメイキングテスト・パートAとは、ランダムに並べられた1から25の数字を、順番に結んでいく課題で、1から25の全ての数字を順番に結び終えられるまでの時間を計測します。時間がかかるほど、機能が低下していることを示します。時間については明確な基準があるわけではないのですが、明らかな認知機能障害がない場合は多くの方は120秒以内で実施できるとの報告もあります(Tombaugh.Archives of Clinical Neuropsychology 2004年19巻,p203-214)。
 認知機能検査は、75歳以上の方が運転免許の更新を行う際にも実施されますが、トレイルメイキングテスト・パートAは、免許更新時に行われるテストとは内容は異なります。免許更新時には、記憶力や見当識(時間や場所がわかるか)と呼ばれる認知機能を検査しますが、トレイルメイキングテストは遂行能力と呼ばれる認知機能を検査します。遂行能力とは、目的を効率的に達成するために、物事を計画したり、順序だてたりする能力です。自動車の運転では周囲の状況に応じて、ハンドル、アクセル、ブレーキなどの操作を計画し、効率的に実行することが必要であると考えられます。したがって、遂行能力は自動車運転能力との関連性が高いと推測される認知機能の一つと思われます。
 なお、トレイルメイキングテストに関しては、本来は紙と鉛筆を使って検査するのですが、本調査では検査の時間や簡便性の観点からタブレットPCを用いた検査を採用しました。最近では、タブレットを使った認知機能検査も行われるようになっており、妥当性はあると考えられます。

図7 トレイルメイキングテスト・パートAの検査方法

6.運転能力と運動能力・認知機能の関連性

 本調査に参加していただいたのは20〜82歳(平均年齢53歳)の方 66名で、男性は29名(43.9%)、女性は37名(56.1%)でした。また、免許取得からの年数は2〜59年、運転の頻度は週1〜7回と、運転歴については幅広い方に参加していただきました。参加者の方のアクセルとブレーキの踏みかえ課題における誤操作の割合、各運動能力の測定結果、認知機能の検査結果を表1に示します。アクセルとブレーキの踏みかえ課題の誤操作の割合(誤操作率)については平均10%弱ですが、全く誤操作がなかった方は2名(3%)だけでしたので、どなたでも若干の誤操作を起こしうる課題であったと言えます。また、運動能力については、サルコペニアの判定基準(図2)による筋力低下に該当する方が2名(3%)いましたが、歩行速度低下の方はいませんでした。アップ&ゴーテストについても、概ね高齢者の平均値(7秒)を上回る結果でしたので、高齢者の方も含めて運動能力は高い方が多かったと言えます。認知機能では、トレイルメイキングテスト・パートAで120秒を超える方が1名(1.5%)いました。
 アクセルとブレーキの踏みかえ課題の誤操作率と運動能力、認知機能との関係を回帰分析という統計学的手法で分析した結果を図8のグラフに示します。分析の結果では、アップ&ゴーテストとトレイルメイキングテスト・パートAの2つが誤操作の増加と関係し、アップ&ゴーテストとトレイルメイキングテスト・パートAの時間が延長するほど、誤操作率が増加するという結果となりました。その他には、年齢も誤操作に関係し、年齢があがるほど誤操作が増えるという結果でした。 なお、アップ&ゴーテスト、トレイルメイキングテスト・パートA、年齢、以外の項目については、統計学的には誤操作とは関連がありませんでしたので、図8のリスクの倍率はあまり意味がありません。

表1. 参加者の運転課題の誤操作、運動能力、認知機能の測定結果
平均 最小値 最大値
年齢 (歳) 53 20 82
免許取得年数 (年) 28 2 59
運転頻度 (回/週) 4.5 1 7
誤操作率*(%) 8.4 0 34
運動能力
 握力(kg) 32.6 11.3 58.7
 膝関節伸展筋力(kg) 34.5 13.4 70.7
 通常歩行速度(m/秒) 1.6 1.0 2
 最速歩行速度(m/秒) 2.3 1.5 4.1
 アップ&ゴーテスト(秒) 4.8 3.3 7.1
認知機能
 トレイルメイキングテスト・パートA (秒) 43.4 20.8 136.5

誤操作率*:誤操作の回数を全課題回数(50回)で割って算出

図8 誤操作と各測定項目との関係

 図8に示す分析では、アップ&ゴーテスト、トレイルメイキングテスト・パートA、年齢の3項目が、それぞれ誤操作と統計学的な関連を示しました。そこで、この3項目における誤操作への影響の強さを統計学的に比較した結果、年齢よりもアップ&ゴーテストとトレイルメイキングテスト・パートAの2つが統計学的には誤操作の増加に強く影響していることがわかりました。そこで、アップ&ゴーテストとトレイルメイキングテスト・パートAの結果が、どのように誤操作に影響するのかを、統計学的に計算してシミュレーションした結果を図9に示します。グラフからもわかるとおり、アップ&ゴーテストの時間が長くなるほど誤操作の割合も増加していきます。一方で、アップ&ゴーテストと誤操作の割合との関係性は、トレイルメイキングテストの結果によって異なり、トレイルメイキングテストの時間が長くなるほど、誤操作の割合も増加しやすくなります。つまり、この結果が示していることは、運動能力と認知機能の両者が誤操作の増加に影響しており、どちらかが良ければ自動車運転能力が保たれるというわけではないと考えられます。また、アップ&ゴーテストの結果が介護が必要な状態となるような障害リスクが増えると想定される9秒を超えてくると、トレイルメイキングテストの結果が平均的であっても誤操作率が加速度的に増加するようにも観えます。したがって、加齢などの影響により運動能力の低下が顕著になってくると、認知機能の低下がなくても自動車運転能力が低下する可能性があると考えられます。ただし、本調査の参加者では、アップ&ゴーテストの結果が7秒を超える方がほぼいませんでしたので、あくまでも得られたデータから統計的に推定した結果となります。実際にアップ&ゴーテストの結果が8秒を超える方の誤操作の割合がどのように変化していくかについては、今後の研究にて明らかにしていきたいと思います。

図9 アップ&ゴーテストとトレイルメイキングテストによる誤操作との関係図

7.調査のまとめ

 一般的に、加齢に伴って運動能力も認知機能も低下しやすくなります。実際、今回の調査参加者においても、図10に示すようにアップ&ゴーテストもトレイルメイキングテストも年齢とともに時間が長くなる(成績が低下する)という関係性があります。また、アップ&ゴーテストとトレイルメイキングテストとの間にも関係性があります(図10)。つまり、運動能力と認知機能は、互いに加齢の影響をうけつつリンクしながら低下していくと考えられます。
 そして、今回の調査によって、ドライビング・シミュレーターを用いたアクセルとブレーキの踏みかえ課題における誤操作には、認知機能と運動能力の両者が関係していることが明らかになりました。もちろん、今回の調査はドライビング・シミュレーターを使って一部の運転能力だけを評価していますので、実際の自動車運転能力にはさらに多くの要因が関与していると思われます。しかし、少なくとも自動車運転能力に対しては、認知機能だけでなく運動能力も関与している可能性があり、認知機能だけで高齢者の自動車運転の是非を考えることには限界があると言えます。
 自動車運転は認知機能と運動能力の両方が必要な作業課題であること、加齢による老年症候群によって認知機能と運動能力も含めて様々な機能を低下させる可能性があること、この2つの点を考えて高齢期における安全な自動車運転を議論する必要があると思われます。

図10 アップ&ゴーテスト・トレイルメイキングテスト・年齢の関係

交通安全未来創造ラボから
ドライバーの皆さんへのメッセージ

クルマの運転能力には、認知機能だけでなく、
運動能力も影響することが分かってきました。
特に、立ったり歩いたりといった、日常における基本的な動作をスムーズに実施できる
“足腰の運動機能”が極めて重要だと言えます。
『足腰が弱ってきたのでクルマを
運転して移動する』という行動には
注意が必要かもしれません。
年齢とともに衰えやすいのが
“足腰の運動機能”です。
ご自宅や駅などで階段を使うように意識する、歩くときに時々早歩きをしてみる、
家事などの立ち仕事をする時に
つま先だちをする、など、日常生活のなかに
少し運動の要素を加えるだけでも、足腰の運動機能の維持・改善が期待できます。
健康で安全な生活を送るために、
まずはできることからやってみませんか!


レポート制作:
上出直人特別研究員(北里大学 医療衛生学部、同大学院医学系研究科)
アドバイザー:
川守田拓志特別研究員(北里大学 医療衛生学部)