永井 素夫

改善したガバナンス体制に魂を入れて不正の再発を防止する 永井 素夫 独立社外取締役 監査委員長

独立社外取締役に求められる役割とは

約5年間監査役を務めた後で、昨年6月から独立社外取締役となり、監査委員長を務めています。従前の取締役会と比較すると、当日の議題についてしっかりとした事前説明が行われ、参加者全員が積極的に発言する取締役会に変わったと感じています。 私は日産の取締役を務めるにあたり、常に以下の3点を意識しています。

第一に社外独立の立場としてマクロの視点で経営を監督すること。 私も含めて過去に他社で経営の経験があると、どうしても執行の領域に入りたくなってしまうのですが、それでは執行と監督の分離ができません。取締役会では株主をはじめとするステークホルダーの利益代表としての立場から、執行サイドの取締役が気づいていないような視点での質問を心掛け、執行が新たな気づきを得られるようにと考えています。

第二に信頼回復です。 信頼はたった一日で失われますが、回復するには非常に長い時間がかかります。日産にとって、信頼回復と業績回復はクルマの両輪といえます。私は監査委員長でもありますから、信頼回復をより重視しています。

第三に執行との間の信頼関係を構築することです。 これがなければ本当の意味でガバナンスが機能しないと思います。私共が執行をリスペクトし、執行側にも我々をリスペクトしてもらう。それが十分にできているかを日々自問自答しながら勤めています。特に私は、独立社外取締役としては唯一の常勤ですから、執行側との密なコミュニケーションを心掛けています。

不正事案を二度と起こさないために

監査委員長として求められる役割として、不正の再発防止、不正事案に伴う裁判、あるいは利益相反への取り組みなど多くのものがあります。これらについては、ステークホルダーの皆さまの関心の強さも実感しています。日産はガバナンス改善委員会での議論を通じて、指名委員会等設置会社となり、ガバナンスに関する制度も刷新されました。しかし、まだ枠組みができただけともいえます。
本当に不正の再発が防止できるのか、というのがステークホルダーの皆さまの気になるところだと思います。指名委員会等設置会社の肝は、まずCEOの評価・任命、次に報酬です。日産の場合は報酬に関する不正があったので、そこに対する世の中の関心が高くなって当然です。報酬に関しては、制度が整ったことで、透明性が担保され、報酬を決める権限も報酬委員会に移り、元会長の事案のような不正は起こらないようになりました。更に、執行役以上のコンプライアンス違反については、その対応に於いて執行側は除外され、監査委員長である私に直接レポートされるルールとなっています。
こうしたガバナンス改善の議論の中で、「ベストプラクティスは?」「グローバルスタンダードは?」「トランスペアレントは?」といった質問が多くありました。それぞれ非常に大切ですが、そこにとらわれすぎると議論が形式化してしまう恐れがあります。それ以上に大切なのは、「ステークホルダーからどう見えるか」「さらに世の中の常識に照らして問題ないか」といった感覚であり、日産としてあるべき姿を意識して発言をするよう心がけています。様々な制度を整備すればそれで良いということではありません。実際に日産は、ガバナンス改善後もメディアから批判を受けています。日産が置かれている状況を正しく理解して、ステークホルダーがどう見ているのかをよく考えるべきだと思います。
監査委員会の責務として一丁目一番地ともいえる、元会長・元取締役への責任追及についても引き続き取り組んでいます。元会長の海外逃亡で刑事裁判は中断していますが、被告人が出廷しなくても開廷できる民事における損害賠償請求を粛々と進めています。2019年はブリティッシュバージンアイランドで一つ裁判を起こしたほか、本年2月には、横浜地裁にも100億円の損害賠償を求めて提訴しました。本件については元会長側も代理人を立ててきたので、11月から裁判が開始されました。民事訴訟は時間がかかりますが、損害を取り戻すべく司法の場での手続きを確実に進めていきます。株主総会でも「(元会長の逃亡で)このまま終わるのか」といった質問を受けましたが、監査委員会では執行側とも協働して責任をもって取り組んでいきます。

日産のガバナンス改善への道のり

一緒に仕事をしてみると、日産には才能豊かで優秀な役員・従業員が揃っていると感じます。だからこそ、社内の取り組みに関する主語がすべて「人」になっています。「これは、どこでやってるの?」と担当する組織を質問すると、「誰それです」と特定の個人の名前が返ってきます。それが上手く機能していた時期もありましたが、「人」に偏りすぎた結果の一つとして、元会長への権力集中が起きたともいえます。ですから、「業務を個人ではなく組織に落としてほしい」と要望を出しました。
本当にガバナンスを強化し、機能させるには、関連する組織を充実させる必要があります。今年度からは経営企画・管理のグループが機能し始めています。また、これまではリスク管理を統括する部署がなく、リスク管理に関する問題を経営会議(EC)で取り上げることはあまりなかったと思いますが、今は新たに組織が設置され、ECや監査委員会で議論されるようになっています。さまざまな課題が組織として対応され、ガバナンス強化の取り組みが進んでおり、新たな枠組みに魂が入りつつあるのを感じています。
今年度の大きなテーマであるグループガバナンスの強化においても、タスクフォースを立ち上げ連結すべき会社を整理するとともに、グループ子会社管理の専任役員を決めて業務を集中させるなど、1年計画で連結の見直し作業を進めています。そうしたいくつかのガバナンス強化の施策については内部監査部門を私の直下において、その進捗についてしっかりとモニタリングしています。
制度の整備に目処が立ち、それを運用する組織の改善も急速に進んでいますが、以前がおかしかっただけで、ようやく普通の会社に追いついたに過ぎません。マイナスからゼロになりつつある状態ですが、これからさらに成長し、ガバナンスが日産のアドバンスになるという可能性を感じています。

2021年1月掲載