井原 慶子

ガバナンス健全化のフェーズから信頼回復と業績向上のフェーズへ 井原 慶子 独立社外取締役 報酬委員会委員長

報酬制度をすべて見直し、信頼回復と業績向上につなげる

日産の現在の取締役会には多様なバックグラウンドを持つ、知見と経験のある独立社外取締役が多く、さまざまな視点からの気づきや意見が反映されることで時間が足りないほど会議が活性化し、業績回復へつながっていると感じています。こうした体制を構築できたのも、日産のコーポレートガバナンス体制のあり方を抜本的に見直した成果だと考えています。
2018年に重大な不正行為が確認されたことを公表して以来、ガバナンスの再構築が日産にとって喫緊の課題となりました。2018年12月に「ガバナンス改善特別委員会」を設置し、世界の先進的ガバナンス事例を調査するとともに現状のガバナンスの確認に多くの時間を割いてきました。徹底的に行った調査と検証を集約した結果、速やかに指名委員会等設置会社に移行したことは日産の再スタートに欠かせなかったと思います。 独立社外取締役の役割として重要なのは経営の透明性を確保し、企業価値を向上させることです。特に役員報酬に関しては、ステークホルダーの信頼を回復する上でも高い透明性が求められるので、役員報酬に関する方針、原則、制度などすべてを見直しました。
ステークホルダーにとって分かりやすい報酬体系を構築するには、透明性、一貫性、そして地域間の格差是正などの公平性のある報酬決定がなされなければなりません。同時に、経営陣のモチベーションを高める体系にすることで企業価値の向上に寄与することも求められます。 報酬水準については、参照すべきベンチマーク企業を選定した上で、外部の第三者専門機関の調査結果も踏まえて審議しました。問題となった株価連動型インセンティブ受領権についても廃止を決議し、新たなインセンティブ報酬制度を審議。長期インセンティブの現金支給と株式支給のバランスについては、業績回復が急務である当社の現状を考慮することで、達成意欲の向上につながるとともに経営陣にとって健全なインセンティブになるように設計しています。
新たな株式報酬制度の導⼊については、報酬を受領する役員はもちろん、株主をはじめとするステークホルダーの皆さまに適時開示しています。

信頼回復の鍵を握るのは魅力的なプロダクツ

ステークホルダーからの信頼を取り戻すためにまず求められるのは透明性です。ステークホルダーに伝えるべき情報の適時開示が重要だと思います。日産では適時開示を行える体制を整備できたので、今後は持続的に運営していくことが問われてきます。
また一番の信頼回復は、人々が乗っていて“生きがい“を感じるような魅力的なクルマや商品をお客さまに提供することだと思っています。当社の自動車が素晴らしいものであれば日産ファンは増え、ブランド価値は向上するでしょう。
2020年6月に発表された構造改革プラン「NISSAN NEXT」によって商品のラインアップもスリム化し、魅力的な商品だけを残していきます。さらに「日産アリア」をはじめ、今後18カ月で12車種を発表する計画を立てており、日産の誇る最新技術をスピーディーにお客さまにお届けできることに「自動車人」としてもワクワクしています。
私自身、62kWhのバッテリーを搭載した「日産リーフ」に乗っていますが、電気自動車(EV)に一度乗ったら離れられないというのを実感しています。e-POWERもそうですが、最先端のテクノロジーは本当に気持ちがいい。中期計画を見直す際に「日産の中核となる強みは何か」ということを追求しましたが、やはりワクワクするクルマづくりや他の会社にできないものを出すチャレンジスピリットこそ日産のコアコンピタンスです。
こうした強みを支えるイノベーションは一日一夜にできたものではありません。さまざまな技術領域で長年積み重ねてきた世界中の当社社員の努力が日産の強みと魅力になっていると感じています。今まで蓄積された財産をもとに、未来に向けて投資すべき領域も2020年にかなり絞り込むことができたので、反転攻勢に向かう基盤が十分に整備されました。今後、経営戦略の進捗を独立社外取締役としてしっかりとチェックしていきたいと思います。
2019年12月に新たな執行体制がスタート。私たちも現場を訪問し、従業員と直に話をする機会がありますが、執行部に期待する声を多く耳にし、会社全体のモチベーションの向上も感じています。 執行部へ期待していることは「実効性とスピード」です。自動車産業の構造自体が大きく変化しており、スピード感を持って経営判断し、その決断を確実に実行することが重要な鍵になってきます。以前と比べて格段に改善されたと思いますが、日産にはさらなる潜在的な可能性としての「力」があります。そこが今後の課題となるでしょう。逆に言えば、ようやくそうしたフェーズに入ったと思っています。これまでガバナンスの健全化に多くの時間を割いてきましたが、その基盤ができたことで、業績向上にむけた新たなスタートを切りました。

長期戦略においても日産の強みを最大化していきたい

今後、重要になるのが企業価値の向上を実現する長期計画の策定です。どのような技術にどのタイミングで投資するかということも含めて、戦略をしっかりと練る必要があります。 私が注目しているのはモビリティサービスです。EVや運転支援技術をリードする日産は、スマートグリッドの実現などESG*の側面からも商品を通して貢献するとともに、社会課題を解決するモビリティサービスの実現に挑んでいます。今後、電動化、知能化によって多くのサービスが生まれ事業化されていけば、自動車メーカーの枠を超えた企業価値の向上が実現できるでしょう。
アライアンス オペレーティング ボードにもオブザーバーとして参加しています。中長期的な議論が活発に行われており、戦略的な投資が可能になることで実現できる技術やサービスもあります。そのような事業の効率化や価値創造においてアライアンスは日産の強みになっていると感じています。 モビリティサービスについても。モビリティサービスのキーは情報で、お客さまのニーズをはじめとする情報を各地域でしっかりと入手・分析していくことが重要になりますが、アライアンスでは欧州・アフリカはルノー、米州・日本・中国などは日産、東南アジアは三菱自動車が強いネットワークを持っていることはとても優位な立場にあると思います。
今、ESG投資が注目されていますが、EV、運転支援技術、コネクテッド技術に代表されるように、プロダクトやサービスを通して環境負荷の低減や地域社会の活性化に貢献できることも日産の強みです。 その一例が災害です。日産はEVを災害時に活用するため、自治体や企業、地域の日産ディーラーとともに締結する「災害連携協定」を締結。2018年以降、日本全国に拡大しています。 また、コロナ禍においてもスピード感を持ってフェイスシールドや医療用ガウンを提供しました。事業活動と貢献活動が一致し、プロダクトやサービスで社会に貢献できるというのはサステナブルな企業運営や企業価値の向上につながると思います。
地球市民企業として、どんな時代も人々に“生きがい”を感じてもらえるような自動車、サービスを提供していけるよう取り組んでまいります。

  • 環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)

2021年1月掲載