木村 康

取締役会の建設的な議論でステークホルダーの期待に応える 木村 康 独立社外取締役 取締役会議長

「NISSAN NEXT」の策定にあたって

2019年6月に取締役会議長に就任しましたが、日産が指名委員会等設置会社に移行した時期でもあり、コーポレートガバナンスの強化が経営に関する最重要課題であると強く意識していました。以前の取締役会との比較ではなく、いま現在の日産の置かれている状況を踏まえて、どのような取締役会が求められているのかを常に考えながら取締役会を運営するように努めています。
議長に就任してから特に時間をかけたのが事業構造改革「NISSAN NEXT」策定のための議論です。「NISSAN NEXT」は持続的な成長と安定的な収益の確保を目指す4カ年計画であり、足元の状況をしっかりと理解した上で、企業としての姿勢を正しながら次のステップのための土台をつくるという、きわめて実務的な計画です。こうした経営計画の策定は経営陣が担当する分野ですが、われわれ独立社外取締役がそれぞれの知見を元に意見を述べることで、経営陣が計画の実行に向けてアクセルを踏んでスピードアップすることができています。そういった意味で、独立社外取締役が一定の役割を果たせていると思います。私が「NISSAN NEXT」の策定にあたって経営陣にお願いしたのは、自社として確実に実行できることと、販売目標など外の要因に影響されるものを仕分けした上で、速やかに実行してもらいたいという点です。新型コロナウィルスの影響などもそうですが、クルマの需要は外部の環境に大きく左右されます。しかし、クルマづくりに関するコストの削減などは自社の問題ですから言い訳はできません。そうした目標の違いを明確にして、確実に達成できるところは頑張ってほしいと伝えました。あるブランドとして多くのお客さまから認識されており、日産ブランドの強み、「顔」となってきています。

透明性と公平性を担保して取締役会を活性化

どの会社でも同じですが、取締役会には透明性と公平性が求められます。特に社会からの信頼回復が急務である日産ではこの2つへのニーズが高いと考えています。議長の役割としては第一に取締役会の活性化だと思いますが、その前提条件として、透明性と公平性が担保されていなければなりません。ありがたいことに、私が入ったときには、出席者全員が新たなガバナンスの仕組みを構築するのだという熱意にあふれており、議長が何かを促すことがなくても、活発に意見交換が行われました。こうした重要なテーマでは、議長としてすべての出席者の方に必ず1人ずつ意見を述べてもらうように心がけています。しかし、普通の会社であれば、取締役会でいろいろな意見が出るのは当たり前のことです。それで日産の方が驚かれるという点に、過去の問題の大きさを感じました。
日産のガバナンス体制の改善については、評価してもらって良いと思っています。取締役会の議論はクリーンに進められており、執行部とのコミュニケーションも良好です。執行側と取締役会の関係には、お互いを信頼した上で刺激し合うといった信頼と緊張のバランスが大切で、そうした関係性が成立してこそ、取締役会の実効性を保つことができる。それも議長としての私の重要な役割だと認識しています。取締役会の議論については活性化すると同時に、生産性の高い建設的な議論になるように心がけています。取締役会も一つの目的集団です。目的にかなった議論が行われなければ意味がありません。
そして社外の独立した立場から参加している取締役として、執行部が私利私欲を持たず、常に公平であるとの意識を持って、適切なプロセスで経営が行われているかをチェックするのが最低限の役割です。私たちがきちんと見守っていますから、執行部には、株主から日産の従業員まで幅広いステークホルダー全員の期待を背負っているという覚悟を持った上で、自信を持って前進してほしいと思います。

ESG*の課題を解決し長期的な成長を

今後、独立社外取締役を含めた取締役会の議論で、長期的な経営の在り方をテーマに採り上げても良いと思います。
私が取締役会に参加した最初の1年間は、ガバナンスの問題に注力しました。その後、新型コロナウィルス感染症の問題が発生しました。さらには、自動車産業全体が直面している変革があります。これまでは、この3つの問題を整理することに多くの時間を割いてきましたが、今後はこれらの課題をどう解決するのかを議論する必要があります。自動車産業全体の変革については私自身も大きな関心を持っています。
私は石油産業で経営者の立場で仕事をしてきました。独立社外取締役からアドバイスを受ける側だったわけです。石油と自動車の業界は似ている点が多くあります。この100年間の発展は自動車と石油が背負ってきた時代といっても過言ではありません。しかし、現在は、これまで豊かさを追及してきたがために生まれた負の側面が顕在化しています。かつては、石油も自動車も効率性を追求し、良い商品を提供していれば良かったのですが、今後は、それを超えたところを目指していく必要があります。CO2の問題、自動車でいえば事故の問題などがあります。これらの課題をどう解決するのかというのは社会全体の大きなテーマになっており、経営者はこうした変革をしっかりと認識しながら、企業のありようを考えなければなりません。日産は他の会社に先駆けて電気自動車(EV)に取り組んできましたが、この後、インターネットと接続するコネクテッドカーなど、これまでのクルマの範疇を超えた自動車も出てくるでしょう。業界が大きな変革期を迎える中で、日産がどの道を進んでいくのか、その方向を示すことが非常に大切だと思います。企業として大きな判断を下さなければいけない今という時期に議長を務めているのですから、少しでもお手伝いができたらと考えています。
環境問題も含むESGへの取り組みはステークホルダーの関心が高い分野です。日産の取り組みも先進的なものが数多くありますが、Eの環境とSの社会の分野は多くの日本の企業は以前から真面目に取り組んできました。ただ、それを社会一般にアピールすることが上手くできていなかったと思います。まず、社内で情報を共有して位置づけを明確にした上で一般に周知していくことが大切です。
Gのガバナンスについては、新しい体制になって1年3カ月で、基本的なガバナンス体制の形を整え、経営陣を安定させ、何をやるべきかを決定したところです。ようやく、株主、従業員などさまざまなステークホルダーに応えることができる会社になりつつあると認識しています。「なる」ではなく「なりつつ」というのは、まだ結果が出ていないからです。少しずつ結果を積み上げることで、次のステップに進めます。そして、確実に前に進んでいるという実感はあります。ただ、ガバナンスを充実させるには永遠にそうした意識を継続することが必要だと考えています。

  • 環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)

2021年1月掲載